
祭りと自治会長の知られざる負担
地域にとって秋祭りは、一年の中でも大きな行事のひとつです。子どもから高齢者まで多くの住民が楽しみにしており、山車や神輿の練り歩き、餅まきや模擬店など、地域の絆を確かめ合う大切な機会となっています。しかし、そのにぎやかさの裏側では、自治会長にしか分からない“見えない負担”が存在しています。それが、神事に伴う「自腹奉納」の慣習です。
自治会費は本来、街路灯の電気代や防災備品、回覧板の印刷代など、地域住民の生活に直接関わる費用に充てられます。公平性や公共性が求められるため、神社への奉納や祭礼に関わる宗教色の強い出費を自治会費から支出することはできません。私自身、自治会長を務めていた際にはその点を徹底し、子どもたちのお菓子や餅まき用の餅についても「自治会費からは出さない」というルールを守りました。
一方で、神事そのものは地域の伝統であり、無視するわけにはいきません。神社への祝儀や祭りで使う酒などは、昔から「自治会長名」で奉納するのが慣習となっており、その費用は自治会費ではなく会長本人の自腹でまかなうのが暗黙のルールです。私の場合も例外ではなく、秋祭りの際に1万円を祝儀として奉納しました。これは単なる金銭的な負担にとどまらず、「地域の代表だから」という無言のプレッシャーも伴うものです。
この慣習は長年続いてきた地域の伝統である一方、自治会長という立場の責任を過度に重くしているのも事実です。本記事では、この「自治会費では出せない神事の奉納」という問題を切り口に、地域行事と自治会長の負担について考えていきます。
自治会費・町内会費と宗教色のある神事の線引き

自治会費の本来の使途は「公共性」と「公平性」
自治会費は地域住民から集められる会費であり、誰もが平等に恩恵を受けられる事業に使うことが前提です。防犯灯の電気代や防災資機材、掲示板や回覧板の印刷費など、地域生活に密着した公共的な支出が典型例です。特定の人や団体のみが利益を受けるような支出は避け、会員全体の納得が得られることが重要とされます。
自治会費は公共性・公平性を重視し、全員が恩恵を受ける支出に充てられる。
神事や神輿、花火は会費から支出できない理由
祭礼に伴う神事や神輿の運営、奉納花火などは、地域の伝統文化として価値はあるものの、宗教的意味合いや娯楽要素が強いため自治会費からの支出は不適切とされます。住民の中には信仰を持たない人や異なる宗教を信じる人もいるため、会費をこうした行事に充てることは公平性を欠き、トラブルの火種となる恐れがあります。
宗教的色合いや娯楽要素が強い神事や花火は会費から出せない。
法的背景:信教の自由と公平な負担の原則
日本国憲法は「信教の自由」を保障しており、自治会費を宗教行事に充てることは信仰を持たない住民への不当な強制になり得ます。また自治会は任意団体であり、会費は住民全員から公平に集められるものです。そのため、特定の宗教的行為への支出は「強制的な寄付」となりかねず、法的にも社会的にも慎重な扱いが必要とされています。
信教の自由と公平負担の観点から宗教行事への会費支出は避けるべき。
自治会長・町内会長の自腹文化とは何か

「祝儀」や「奉納酒」を自治会長名で納める習わし
多くの地域では、祭礼の際に神社へ「祝儀」や「奉納酒」を納めるのは自治会長名義で行うのが慣習です。これは地域の代表としての役割を示す行為とされ、長年引き継がれてきました。しかし実際には自治会費からの支出はできず、会長個人が負担する形となっています。伝統と責任が重なり、会長に特有の負担を生んでいます。
住民から見れば「会長がやって当然」と思われがち
住民の多くは、祭りでの奉納は自治会長が当然行うものと捉えがちです。「地域の代表なのだから」「前任者もやっていたから」といった認識が根強く、感謝よりも「当然」という空気が漂います。そのため会長本人が負担を強く感じても声を上げづらく、慣習が続いていく背景となっています。
実際は個人負担=一種の「見えない寄付」
自治会長による奉納は形式上「会長名義」ですが、実際には個人が負担しているため、一種の「見えない寄付」となっています。住民全員に公平に課された会費とは異なり、特定の個人にだけ経済的な犠牲が集中する仕組みです。これが自治会長就任の心理的ハードルを高め、後継者不足の一因にもなっているのが現実です。
筆者が自治会長を務めていた時の体験談:改善の取り組み
私が自治会長を務めた際、最初に取り組んだのは「祭りに関わる支出の線引き」を明確にすることでした。地域の秋祭りでは、子どもたちに配るお菓子や餅まきの餅が恒例となっていましたが、従来はこれらを自治会費から出すケースもありました。しかし、私は「宗教行事や娯楽性の強いものには自治会費を充てない」という考えを徹底するため、これらを会費から支出しないルールに改めました。子どもたちのお菓子や餅は住民有志や協賛金でまかない、宗教色のある部分と生活に密着した活動を切り分けることで、自治会費の使途を透明にしようと努めたのです。
こうした工夫は、会費の公平性を守るだけでなく、「自治会は宗教行事に直接関与しない」というスタンスを示すことにもつながりました。住民にとっても「どこにお金が使われているのか」が分かりやすくなり、納得感のある形になったと感じています。実際に説明会で「餅やお菓子は有志による提供です」と伝えると、理解を示してくださる方も多くいました。
しかし一方で、どうしても残る慣習がありました。それが「神事の奉納は自治会長名義で行う」という暗黙のルールです。祭りの祝儀や奉納酒は、私も例外ではなく自腹で1万円を納めました。自治会費から出すことはできず、また住民に広く負担を求めると反発を招く可能性もあるため、結局は「会長が自腹で」という形に落ち着いてしまいます。この慣習の壁は厚く、改善の難しさを実感しました。

私は祭りにおける支出を「自治会費から出さない」方針に改め、透明性を高めました。しかし神事の奉納だけは慣習に縛られ、自腹で対応せざるを得ず、伝統と公平性のはざまで葛藤を抱える結果となりました。
自治会長の自腹文化の問題点と課題


自治会長の経済的負担が就任のハードルに
自治会長が神事の奉納や祝儀を自腹で負担する慣習は、経済的に大きなプレッシャーとなります。特に高額ではなくとも、毎年の積み重ねは負担感につながり、「余裕のある人でないと会長は務まらない」という空気を生み出しかねません。本来は誰でも担えるはずの役職が、経済力によって事実上制限されてしまうのは健全とは言えません。
後継者不足を招く要因になりかねない
会長の自腹文化は、自治会長になりたがらない理由のひとつにもなります。役職を引き受ければ金銭的負担が必ず発生すると分かっていれば、候補者はさらに減少してしまうでしょう。結果として「誰もやりたがらない」「押し付け合いになる」という状況を助長し、地域運営そのものの持続可能性を脅かす要因にもなっています。
「伝統」と「公平性」のはざまで揺れる
地域の伝統を守ることは大切ですが、それが自治会長個人の負担に依存している点に問題があります。住民全体で共有すべき責任を一部の人に押し付ける形では、長期的に見て不公平が残ります。伝統を尊重しつつも、会費や寄付金の扱いを見直し、公平性を保つ新たな仕組みを模索することが求められています。
自治会長の自腹問題について他地域・事例から見る工夫
奉納費用を住民の有志募金で賄う例
一部の地域では、奉納に必要な費用を自治会長が自腹で支払うのではなく、住民有志からの募金で賄う仕組みを導入しています。これにより「会長だけの負担」を避け、地域全体で伝統を守る体制が整います。私自身も自治会長時代に秋まつり実行委員会を組織し、協賛金として広く住民から募る形を取りました。その結果、自治会費から宗教色のある支出をなくすことができましたが、自腹奉納の慣習までは解決に至りませんでした。
神事は神社・氏子組織に任せ、自治会は関与しない例
別の地域では、神事に関する費用や運営は神社や氏子組織が担い、自治会は関与しないという形を取っています。これにより自治会費が宗教色のある活動に使われることはなく、住民間の公平性も守られます。伝統行事を担う主体を明確に分けることで、自治会長個人の負担や自腹問題を避ける仕組みとなっています。ただし、地域の一体感をどう保つかが新たな課題になることもあります。
透明化や寄付金制度の導入
近年では、祭礼費用を「寄付金」として住民に明示し、任意での協力を募る方法も広がっています。寄付金制度を整えれば、会費と寄付の区別がはっきりし、宗教行事への支出を強制と感じる人も減ります。透明化を進めることで「自治会長の自腹」という隠れた負担を減らし、祭り全体を地域で支える意識が育ちやすくなります。私の経験でも、協賛金の仕組みを導入したことはその第一歩となりました。
自治会長の自腹問題について今後のあり方を考える


「伝統文化を守る」と「自治会長の負担軽減」を両立させる道
地域の祭りは文化財産であり、簡単にやめるわけにはいきません。しかし、自治会長一人の自腹に依存する形では持続性がなく、後継者不足を招きます。伝統を守りつつも、組織や住民全体で負担を分かち合う体制が不可欠です。役割を明確にし、住民が「協力できる形」で参加できる仕組みを整えることが、両立の第一歩になります。
自治会費の使い方を明確化する
自治会費の支出範囲を「公共性」「公平性」に基づいて明文化し、宗教色のある支出を明確に除外することが重要です。住民に対しても「自治会費はどこに使われるのか」を公開し、理解を得ることでトラブルを避けられます。ルールを明確化することで、自治会長が独断で支出を迫られる場面を防ぎ、責任の所在もはっきりします。
奉納は希望者・有志による支援に切り替える選択肢
自治会長が一人で負担する形を見直し、奉納は希望者や有志による寄付に切り替える方法もあります。寄付金制度を整えれば、宗教的行事に賛同する人だけが自発的に支援でき、信教の自由も尊重されます。これにより「自治会長の自腹文化」を解消し、地域の伝統を守りながらも公平性を保つ新しい仕組みを築くことが可能になります。
まとめ:地域の伝統と自治会長の役割を見直す
地域の祭りは、住民のつながりを深め、世代を超えて受け継がれる大切な文化です。しかし、その裏側では自治会長の「自腹奉納」という慣習が今なお残り、就任のハードルを高めています。自治会費は公共性と公平性を前提に使うべきであり、宗教色のある神事や奉納を会費から出せないのは当然のことです。その一方で、伝統を守り続けるには、誰かが負担を背負うのではなく、住民全体で支える仕組みが必要です。私自身、秋まつり実行委員会を立ち上げ協賛金を募ることで自治会費の透明性を高める工夫をしましたが、会長の自腹文化という慣習は解決に至りませんでした。今後は、寄付金制度や有志参加の仕組みを整えることで、伝統と公平性を両立させる道を模索すべきでしょう。



自治会長を経験して初めて知った「見えない負担」は少なくありません。地域の祭りを未来に残すためにも、「誰かの自腹」に頼るのではなく、住民全体で支える体制を考えていきたいと強く感じています。
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